私が知っている歌のなかに、「存在するだけで場所をとる」みたいな歌詞がある。
その歌が主題歌になっているゲームは、主人公が実は誰かのクローンだったり、テーマとして「自分はなぜ生きているのか」みたいなのがあったから、存在する意義とは? みたいなテーマなのだろうけど、最近思う。
人間、生きてるだけでお金がかかるな……。
そもそも世界がどうかは分からないけど、日本はどこかに住むだけでお金がかかる。
賃貸だったらもちろん家賃が。
持ち家だったら固定費が。そして、家の修繕費か。
……とまあこんな感じに書けば、なんとなくお察しなのだが。
築29年ぐらいらしい我が家もそろそろ修繕したほうがええんやない……? という部分がちらほら出てきて、ついでにその修繕費云々で「おおー。思ってたより高そうだなぁー」となってて、うすぼんやりと「人間、どうして生きてるだけでこんなにお金がかかるんだろうか……?」となってる。仕方ない。
家の修繕、まあ、しない選択肢もある。
が、放置していけばそのぶん傷む。これは摂理。
もっと言うなら、「今」修繕する費用と、「未来」に修繕する費用を考えたときに、悲しい事に「未来」のほうが安くなる可能性は多分ほぼ皆無だと思う。
「未来」のほうが安いなんて思えるのは、一年を通して定期的に旬が巡ってくる野菜や魚たちぐらいなもので、世間的にコミックは390円の時代をとっくに終えて今や500円以上の時代だし、電車代も上がってる。
1800円で見ていた映画はとうとう2000円になり、1000円だった曜日割引も1300円になった。前売り券もグッズがつくことで割安感がなくなり、ようするにこの世界「前」より「後」が安くなるって、そうそうない。
で、家は傷む。傷んだぶんはその分修繕費に上乗せされる。
…………いや、これ、まじで修繕するって以外の選択肢ないな? お金ないのに。生きる場所を整えようとするだけでこんなにお金が飛んでいくのか……、マジか。
だったらせめて安いところで施工してもらえれば……、とふと思ったんだけど、これも案外罠な気がする。なにせこの世界は値上がりしているし、なによりお金もかさむのなら、人も不足してるのである。
あまり安いところに飛びついたらそれはそれで大変なことにならん……?
ネットを見れば、「思ってたより安くできた!」とか「複数見積もりを!」とか色んな文言が飛び交っているのだけど、ふと思い出すのが「水回りのトラブルで業者を呼ぶときは役所を通して呼ぼう」という話だったりする。
人生において家の修繕なんてものは頻繁に起こるイベントごとではないから、自分の経験でどうのとできるわけでもない。やっぱ人生って基本的にハードモードすぎないか?